カンボジアで働いている人の備忘録

24歳、なんかカンボジアで起業したみたいです(他人事)

カンボジアで働くきっかけになった話 No.1

「なぜカンボジアに」と問われたら、「誘われたから」と答えるしかない。元々カンボジアとかいう国に興味があったワケじゃないし。

振り返りの意味も含めて、今回はカンボジアに行くことになった経緯をまとめておく。だいぶ長いし紆余曲折余計な描写があるので注意。

夜の世界のアルバイト

大学に進学してから居酒屋のホールとかカフェのキッチンとか引越しとか倉庫整理とか色々なバイトをやった。その中で一番長続きしたのは「黒服」のバイト。ラウンジとかスナックとかクラブとかいう場所で、スーツを着てホステスさん達のサポートしている人。それが黒服とか、ボーイとか呼ばれている人だ。

どういうことだか分からんが、一番縁遠いと思っていた夜の世界で私は働いていた。ここでの出会いが特に興味があるわけでもないカンボジアと私を結びつけてくれた。ハタから見るとめちゃくちゃ胡散臭い話だな、これ

大学卒業時には就職するためにバイトは辞めることになるが、その後再び黒服として働くことになる。昼はサラリーマン、週末の夜は副業で黒服。まるでOLのような謎の生活を送ることになるが、詳しいことはまた後で。

「ママさんの手伝い」というバイトに応募

大学2回の頃、私はバイトを探していた。

近場の大阪梅田辺りでなんか良さそうな仕事はないかな、と思いながら求人サイトをするすると眺めていた。

ガソリンスタンド、カフェ、バー…楽そう、あるいはオシャレそうな求人に片っ端に応募。その中にカウンターバー(ママさんの手伝い)と銘打たれた求人があったが、その時は特に気にせず応募ボタンをクリックしていた。

一番最初に返事を頂いたのは、そのカウンターバーから。「この日に面接来れますか」という内容に「その日はBBQに行くので、終わった後の遅い時間帯になると思います」と私は返した。

北新地という場所との出会い

面接当日、BBQということもあって私はTシャツ短パンというラフな格好だった。面接という場のTPOガン無視の服装。BBQが終わった後、私は面接予定である「大阪市北区曾根崎新地...」という住所に向かう。しかし目的地近くに着いた時、私は面接に来たことを後悔する。

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Tシャツ短パンの若者が来ていい場所じゃないじゃんコレ。居心地悪いわ。2年近く大阪に住んでいたが、初めて北新地に足を踏み入れたのがこの瞬間。この時初めて北新地という場所を知った。

東は銀座、西は北新地。いわゆる上流階級のハイソな人たちがお上品にホステスさん達とキャッキャウフフしながらお酒を嗜み、同伴やアフターに高級料理を召し上がる…若輩者とは無縁の高嶺の飲み屋街。それがここ北新地だった。

いざ面接へ

日暮れ。
仄かに漂い始めたネオンを潜り抜け、大理石でツルテカ重厚な佇まいのビルに踏み込む。鏡面のような石の壁からTシャツ短パンの冴えない私が見つめていた。余計に帰りたくなる

テナントの一室に構えられた店に向かい、扉の前で数分まごついてから扉を開けた。カウンター数席とボックス2席。カウンターには恐らくママさんと呼ばれるであろう人が座っていた。

ここは多分、私が考えていたような店じゃない。バーじゃなくて完全に夜の店だ。頭が半ば真っ白になりながら面接が始まった。

男はそもそも募集してなかった

面接はこんな一言からだった。

「申し訳ないんだけど、正直男の子が応募してくるとは思ってなかった」

ですよね。私はもうちょっと早く気づきたかった。こういう店にTシャツ短パンの冴えない19半ばのガキが座っていること自体おかしな話ですもの。

応募の時点で断ってくれてりゃいいのにとか思ってると、意外な一言が続けられた。

「でもまぁ、良かったらやってみない?色々助かることもありそうだし。あ、時給は女の子よりは低くなっちゃうけど」

なんかもうワケ分からんかった。

働く?
私が?
ここで?
何も分からないのに?
なんで?

頭の中に疑問府がぐるぐる巡る。

しかしバイトを探していたワケだし、結局どのバイトでも最初は分からんことだらけ。どこで働こうが悩みは一緒だ。

私は半ば混乱しながら「こういうトコのことは何も知らないし、何をしたらいいのかも分かりませんが、やらせて頂けるなら働いてみたいです」と答えていた。

つづく。