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カンボジアで働いている人の備忘録

24歳、なんかカンボジアで起業したみたいです(他人事)

海外に住んでみたら、スラムダンクの谷沢の手紙が他人事じゃない気がしてきた

◯◯先輩

いつかの先輩の言葉が近頃、よく頭に浮かびます。
お前のためにチームがあるんじゃねえ チームのためにお前がいるんだ。

ここでは誰も僕に仕事をくれません。

先輩や同期に迷惑をかけておきながら、今おめおめと帰るわけには行きません。

いつか僕の仕事でみんなに借りを返せるようになるまで、頑張るつもりです。

発展途上国カンボジアの ーー

その空気を吸うだけで僕は高く飛べると思っていたのかなぁ...。

- カンボジア在住・とある若者の手紙

「谷沢くん」について

スラムダンクというバスケ漫画に谷沢という登場人物がいる。

彼は将来を有望視された選手だったが、「自分は日本の環境なんかじゃ活躍できない!」と、恩師の忠告を振り切ってスキルが未熟なままバスケの本場・アメリカへ渡米。

しかし指導者のレベルが低いせいで基礎も身に付けられず、チームのレベルも低くてチームプレイも学べず、そもそも英語でコミュニケーションも取れなかったせいでチームから孤立してしまう。チームに居づらくなって練習に顔も出さなくなり、最終的にはクスリに手を出して事故死。

谷沢くんがどういう人物だったのかをすっごく雑にまとめると「イキって身の丈に合わない環境に飛び込んだ結果、あえなく自滅」て感じ。

「将来を有望視」の辺りは全く共感できないが、谷沢くんに対してなんかすごくシンパシーを感じる

他人には思えない谷沢くん

私を含め、カンボジアという未熟な国で暮らす若者にとって、この谷沢くんの例は他人事ではない。

とりあえず海外で働き始めたはいいけど、大した経験やスキルセットも身につけられず、日本に帰国してからも居場所が無い。あれ、何のために海外で働いたんだっけ?なんてことは、大いにあり得る。

というか、大多数はそんな感じで人知れず夢半ばで散っていってるんじゃないかと思う。私たちが知らないだけで。

谷沢くんはなぜ失敗したか

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「このチームは個人プレーばかりでバラバラじゃないか」「お前にはもっと基礎を教えるべきだった」と安西先生は続ける。

まとめると、指導者も良くないし、プレーしている環境もダメだし、しかも谷沢くん自身に十分な基礎が備わっていないと。

カンボジアで働く若者と谷沢の共通点

これってカンボジアで働く若者にも、安西先生の指摘と同じことが言えそう。

現在進行形で谷沢状態の人、結構いるんじゃないか。

共通点1:メンターの不在

谷沢くんは単身アメリカに渡ったが、指導者に恵まれなかった。自ら考えつつやみくもにプレーするしかなかった。「お前はこうした方がいい」と、自らを軌道修正してくれるような第三者に意見を求めることすら出来なかった。

たぶん、これは良くある話なんだろう。どんな環境でもほっとけば一人でゴリゴリ成長できる天才肌の人間は、世の中そう多くない。

特別なスキルもない一般人が効率的に成長したいなら、しっかりとした教育システムに乗っかりつつ、時おり指導者やメンターに指示を仰ぐのが一番良いと思う。

ただしそれが可能なのは、大きく安定した基盤を持つ組織だけだ。少なくともカンボジアに、そんなガッチリとした基盤を築いている会社は無い。

潤沢な資金はない、絶対的に人は足りない、あらゆるシステムは未整備...私の知る限り、カンボジアで活動している多くの組織は、あらゆる面でリソース不足に悩まされている。

人的リソースに乏しい組織だと、全員がプレーヤーだ。指導者やメンターをこなす余裕のある人材はいない。とにかく目の前の仕事をこなすことが最優先。

そうなると、自身の仕事のレビューを受ける機会は少なくなってしまう。スキルをブラッシュアップさせるヒマもない。こんな環境で効率良く成長できるだろうか?甚だ疑問だ。

要因2:レベルの低いプレー環境

プロ野球選手がメジャーへ、Jリーガーが海外リーグへ。いずれも「挑戦したい、もっと成長したい」という気持ちの表れだ。谷沢くんも同じ想いだったことだろう。自分を成長させるために必要なのは、より高いレベルの環境でプレーすることであることを、彼らは重々に承知しているからだ。

しかし谷沢くんの場合、そもそもチームの環境が良いとは言えなかった。アメリカでプレーすると言えば聞こえは良いが、実際はレベルの高い環境ではなかった。

そんな環境でプレーしたとして、十分な経験値が得られるだろうか?そうは思えない。より成長したいなら要求レベルの高い環境、つまり先進国の日本でプレーした方がいいんじゃないだろうかと。

ことWEB案件に関しての話だが、WEB経験4ヶ月のゴミスキルしか持たない私ですらいくつか仕事にありつけたくらいに、カンボジアでのスキル要求水準は低い。スピード重視でサクッとそれっぽーく誤魔化した案件が「これ凄いね!ありがとう!」という評価だったりする。

カンボジアでは仕事の要求水準が日本に比べると間違いなく低い。それでもカンボジア自体が未成熟なモンだから、多くの人間は「まぁ、カンボジアだし仕方ないよねー」と不満がありつつも流している。 ここ。これがヤバイカンボジアクオリティでも許されてしまう環境。

カンボジアで「可」や「優」の評価を受けたものを日本に持ってきたところで、たぶんカス扱いだろう。周囲のレベルが低い中で要求されるサービス水準なんて、たかが知れてる。私が勘違いして「お、私って仕事出来るやん!いけるやん!」と、意気揚々と日本に戻ったとしよう。すると日本で待ち受けているのは「何?こんぐらいしか出来ないの?死ねば?」ぐらいの評価だろうと思う。

要因3:基礎能力の低さ

ある意味、これが一番デカいかもしれない。

いまはカンボジアがアツい!成長市場だ!チャンスがゴロゴロ眠っている!乗り遅れるな!とか、投資や進出を誘う謳い文句を良く聞く。

ただ、カンボジアのレベルの低さも相まって「こんな程度の低い市場なら私でも簡単に生き残れるぜ!」と意気揚々に来ると死ねる。

こちらで何年も奮闘している方々の多くは、ほぼ全員が何らかの下地、つまり十分な引き出しと経験を持っている。その上でなお、苦戦しているところは多い。

つまり十分な経験があってなお、苦労する過酷な競争市場であるということ。

そんな中に大した経験のない若造が飛び込んだところで何が出来る?せいぜい誰でも出来る雑務をこなすぐらい。強みと言えば、日本人の考えを理解していて、日本語を喋れることぐらい。

正直、カンボジアでは「日本で培った経験をどう試すか」という点の方が重要じゃないのかな、と思う。そもそも土台や基礎が不安定な途上国で基礎を学ぼうとする方が間違ってるだろう。

カンボジアで沈没しそうな若者たち

ここまでネガティブなことばっか書いたのも、色んな方から耳の痛くなるようなアドバイスを頂いたからだ。

カンボジアに来る若者は多いが、大した経験も出来ないまま体良く酷使されて帰国する人は多い」

「全てレベルの低い国で積める経験なんてたかが知れてる」

カンボジアでやった仕事なんか日本じゃ評価されない」

「海外で暮らしたっていう自己満足にしかならない」

「成長したいなら日本で働いた方がいい」

「あえてカンボジアで働く必要ないよね」

「つーかタイとかベトナムで働けばいいじゃん」

カンボジア在住者からは「ぶっちゃけカンボジアで働くの止めた方がいいと思うよ」という声が多く、非カンボジア在住者からは「若い内に挑戦するなんて素晴らしい!」という声が多い。

まぁ別にどっちが正しいっていうワケでもないけれど、たぶん地に足ついてるのは在住者の声なのかなと思ったり。数多くの若造がカンボジアに来ては去っていくのを見た上での意見だろうし。

カンボジアで何年もビジネスを続けるために彼らは、死ぬ気で、本気で、命を懸けて毎日を過ごしている。身をすり減らしてギリギリになるまで働いて、働いて、働いて。

そんな中で「海外で働いてみたーい!」「色々経験してみたーい!」「とりあえず来ちゃったー!やりたいこと?これから探すよ!」て感じの私のようなノリの若造がワラワラ来たら、ねぇ。そら心配になるわと。そんな程度の気持ちで生き残れるほど甘くないことを、彼らは痛いほど分かっているのだから。

決して高くない給料で、カンボジア以外でも出来るような大した専門性もない雑務に日々追われる。貴重な時間を浪費して得たものは、同級生とは比較にならないほど少ない僅かな給料のみ。海外で得たかった「貴重な経験」も、お金も手に入らない。半ば沈没者のような生活。

たぶん在住者の方には、そうなる未来が視えたのだろう。

さいごに

近ごろ、特に思うことがある。

貴重な経験とかいう厄介なシロモノは、満足感は得られるが、実のところ大した価値はないということ。つーか、単なる自己満足に過ぎない。

重要なのは「その経験がどれだけの価値(金)を生み出したか?」という一点に尽きる。

海外に住んでいること、外国人ばかりのレストランで働いていること、WEBサイトを作ること。いずれも私にとって貴重な経験に変わりない。しかしいずれの経験も、大して利益を生み出してはいない。

利益とは要するに他人からの評価だ。いまのところ、他人から見て私の「貴重な経験」とやらは何の価値も意味もないようだ。

海外で沈没しないために、この辺の感覚をしっかり持っておく必要がありそう。ちょっと上手く言葉にできない。

自分の仕事や経験の価値を、しっかり金という物差しで測る、という癖は付けておこうと思う。