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カンボジアで働いている人の備忘録

24歳、なんかカンボジアで起業したみたいです(他人事)

カンボジアで「この子たちに日本語教えてあげて!」とボランティアを頼まれたけど断った話

結構前の話なんだけど、NGOスクールの人に「ボランティアでカンボジア人に日本語を教えてあげてくんない?」って頼まれたことがあった。そんときは「いやー忙しいからムリっす」って体良く断ったんだけど、未だになんだかモヤっとしてる。

あ、先方と揉めたとか、ガチ論争してコテンパンに論破したったスカッとJAPAN的な話じゃないよ。普通に頼まれて、普通に断って、普通に何事もなく「そっかー残念だねー」って終わった話なので。

断った理由は忙しいってだけじゃなかったんだけどね。私がボランティアやったところで、お互いに良い結果にならないかもな...と、なんとなーく不安になったからだった。

どこにボランティアを頼まれたか

背景から説明する。ちょっとした縁からNGOスクールのティーパーティ的なのにお呼ばれしたところまで、話はさかのぼる。

このNGOスクールは、欧米人が運営していた。金銭面・教育面で恵まれないカンボジア人を対象に、キリスト教の教えや英語を学ぶための学校だった。当然だが、運営スタッフは全て欧米人。

生徒数は20人ちょっとで、年齢層は10代中盤〜20代中盤と幅広い。大半は昼か夜に働いて生活費を稼ぎつつ、この学校で教育を受けていた。

カンボジア人がカンボジアで稼ごうと思うと、母国語であるクメール語だけでは物足りず。英語や日本語などの第二言語の習得は必須事項。ゆえに外国の文化や言語を学べるスクールの存在は、カンボジアでは非常に重要。

ちなみにこのNGOスクールでは「外国人だらけのカンボジアで食いっぱぐれないように、最低限の英語と教養を身につけようぜ!」ていう職業訓練校的な側面もあった。

生徒たちの英語力はというと、私なんかよりも英語メッチャうまい。ネイティブレベルとは言わずとも、外国人とコミュニケーションを取るには苦労しない程度の語学力。すげぇ。生活レベルの上下が語学力に懸かってんだから、そら必死度合いも違うわな。

んで、NGOスタッフ曰く、生徒の何人かは日本語を学びたいって子もいるんだとか。

何人かの生徒に「なんでクソ難しい日本語なんかに興味あんのさ。英語の方が仕事見つかりやすいと思うんだけど」と聞いてみた。10代は「アニメ・ゲームが好きだから」と、20代前後は「日系企業は給料が高いから」という回答だった。へー。

あ、ちなみに日本語話せるカンボジア人は月給350ドルぐらい貰えるらしい(参考)。これはマネージャクラスの給料に相当する。日本語ができると一発で高給取りになれる。魅力的だね。

その流れで、NGOスタッフから「良ければこの子たちに、ボランティアで日本語とかITを教えてあげてくれない?」と頼まれた。

ボランティアに誘われた時どう思ったか

こっから本題。正直に全部書く。

話を聞いた一瞬で「なにそれ!超カッコいい!やりたい」って思った。カンボジアで、ボランティアとして、日本語とITの教育に、携わってる自分。パッと聞いた感じ、なにこの肩書きマジで立派じゃね?これみんなに自慢できね?と。

まあ、完全な見栄だよね。誰にだって胸張れそうだし。「カンボジアで教育関係のNGOに協力してて日本語とITを教えてますが何か?ま、本業はITなんですけどねハハハ」って言ったら、「うわあああなんかこの人すげええええ!!情熱大陸うううう!!!(テッテッテ-レッテー テッテッテーレテッテッテ-」って思わない?私だったら思うよ。

ここまで言えば分かると思うけど、ぶっちゃけカンボジア人の将来とか二の次だった。最初に浮かんだのは自分のこと。義憤に駆られた使命感ではなく、自分の価値を誇示するための承認欲求が、天を突く勢いで頭をもたげた。

んで、ちょっと遅れて「いやいや、仮に自分がボランティアをマジでやるとして具体的にどうするんだ?どこまでやればいいんだ?何がゴールなんだ?」と思った。

今までの話から察するに、おそらく日本語を使う仕事に就くことが、生徒達の最終目標だろう。または、花形職業であるITワーカーとして働くために、必要なスキルを身につけたいのかもしれない。

私は日本語教師の資格は持ってないし、WEB屋として独学数ヶ月程度の経験しかない。彼らの望む職能レベルに達するために必要なカリキュラムを、こんな自分が組めるのだろうか?

私は他の仕事も抱えているから、おそらく週に1コマ程度しか授業の時間は作れない。NGO側は週イチでも全然イイよと言ってはいたが、そんな頻度で何かを教えたとて、生徒の身になる授業になるだろうか?

私は「カンボジアでボランティアに協力してるぜ!」と、生徒は「日本に関われてるぜ!」と、お互いに自己満足で終わってしまって、何のプラスにもならないんじゃないか?

単純に日本語や文化を学びたいならタヤマ日本語学校がある。キチンとしたカリキュラムがあって、日系企業への人材斡旋もあって、しかも学費無料。週一しかないド素人の日本語授業を受けるぐらいだったら、絶対こっちに通った方がいい。

じゃあITを教えるとして、PCとかその辺の機材はどうする?自前で用意するか?あまりに非現実的だ。そもそも四則演算すら怪しい人間にプログラミングを教えるなんて、正気の沙汰じゃない。かと言って、お前ら算数からやり直しだオラァ!なんて言いたかないし。

とまぁ、こんな風に、頭ん中で色んな考えがドバーっと混ぜっ返しビビンバヒート状態になった。自分の心の整理がつかないし、なによりイチから英語で説明すんのもアレだしなぁ...と面倒になった結果、私は「ちょっと忙しゅうて無理どす」と返事をした。

NGO側は「そっかー残念だねー」ぐらいのあっさりとした反応で、この話は流れた。以上。そんな話。

ボランティアに誘われる側の気持ち

で、でた〜wwwwwチャレンジする前から無理とか言い切る奴〜wwwwwwwさすがゆとり世代ですわwwwwwカンボジア人を見捨てた畜生乙wwwwwwww

って煽られるかもしんないけど、ちょっと待って欲しい。私はどうするのが正解だったんだろうか。今でも微妙に悩んでるっつうか、モヤモヤしてんのよ。

NGO側からすると、軽い話だったのかもしれない。ほんの少しの刺激でも、きっと生徒たちのためになるだろうと。彼らが善意で動いたことは十分に理解してるし、人手不足なことも、予算も足りないであろうことも、重々に承知してる。

その上で言うが、軽い気持ちで人の一生に関わるようなボランティアに誘うのはやめて欲しいなぁと思った。心底思った。

あ、別にゴミ拾い程度なら全然やるよ。私も街の住民だから、景観が綺麗になって洪水が減るのは大歓迎。だから今までも、何回かゴミ拾いボランティアもやったんだし。

でも今回の件については、ゴミ拾いみたいな単発・啓蒙型のボランティアとは性質が全く違う。私の行いによって、下手すりゃ誰かの一生に影響を与えてしまうかもしれないからだ。

日本語学んで仕事バリバリしたるで!と思ってる若者がいて、その子に私が日本語の授業をやったとしよう。

授業内容がカス過ぎる上に週一だったせいで、日本語が一向に上手くならず、日系企業に就職したかったけど無理でした。貴重な時間を無駄にしただけでした。おわり。そんな未来も十分にあり得る。

教育は人の一生を左右する重要な要素。だからこそ「まーちょっとやってみようかな」程度の気持ちで関わりたくねーなぁってのが、本音です。人でなしとか言わんといて。

なんつうか、やれることがあるなら協力したいよ。けど「週一でもいいし、簡単なのでいいから!授業の内容とか、機材の準備とか、そういうのは全部自分で考えてね」って言われたら、いやそれ簡単じゃないよってなるよ。

日本人と触れ合えました嬉しいねー良かったねーで終わらせるのが目的なら、テキトーな内容でいいんだろうけどさ。こっちからすれば、誘われた時点では何が目的なのか分かんないじゃんか。

かと言って、こっちから掘り下げる気も起こらんし。日本語教えてあげてよっつう頼みに対して「なぜ日本語を学ぶ必要がある?日系企業で働きたいのか?日本人の友達が欲しいのか?アニメやゲームを知るためか?じゃあ具体的にどう学ぶ?カリキュラムは?時間は?準備は?」なんてところまで、私から聞かねばならないのか。正直そんなの、面倒だ。

だから適当に「時間がないから難しいねー」とお茶を濁して断ったワケで。

でも、断ったら断ったで、ボランティアを拒否った事実だけ残る。となると「自分って薄情なんかなあ」と悩まされて、なんか一方的に十字架背負わされたみたいじゃない?今すっごい不公平な気分よ。

軽い気持ちで頼まれたこっちが、何でこんな色々考えなアカンねんていう。

ボランティアに誘う側の方へ

結論。今回私が何を言いたかったのかというと「ボランティアに誘われた側の気持ちも考えてね!」ていう一点のみ。

ボランティアを継続するのは凄く大変で、とてつもないエネルギーが必要だと思う。だからこそ多くの協力者や賛同者が必要なのも理解してる。

けどまぁ、大した用意もなく、誰かれ構わず人を誘うようなことは、出来ればやめて欲しい。断る側も疲れるし、仮に話を受けたとしても、お互いに「思ってたんと違う!」てなるかもしれないし。

可能なら、誘った側から具体的な内容の提示をお願いしたい。「簡単なのでいいから」とか「別に難しいことじゃないから」とか、なんとなーくで丸投げするような真似されると、こっちは凄い不安になるし、マジで断りたくなる。

ゴミ拾いなんかの参加者が多いのは、「ただゴミを拾って集めるだけ」と、作業イメージが明確かつ具体的だからだと思う。「それなら協力できるかもしれないな」と感じて欲しいなら、可能な限り作業内容と責務を明文化させるべきだろう。

カンボジアではボランティアとして活動してる方が多くいらっしゃると思うので、「なんだコイツ!手伝ってもねぇ癖にエラそうなこと言いやがって!!」と気分を害する方がいたら、ごめんなさい。

でも、誘われた側の視点も、ある程度は気にかけて欲しいなと。そんな話。なっげぇ。